蓬峠(1,550m)(1998.6.7)
蓬峠は群馬県と新潟県の県境に横たわる谷川連峰の峰々の東端に位置している。
私がこの蓬峠を最初に書こうと思ったのは、本格的に花を求めて山に登ろうと決意した最初の山(峠は山か?)
だからです。
故田中澄江さんの「花の百名山」を見たとき、蓬峠のページに載っていた「シラネアオイ」を見て、これは行く
しかないと思った。
しかし、私にはまだ山歩きの脚がなかった。
そこで、それまでミニバイクで通勤していたのを止めて歩くことにした。5月だった。そしてこれが1年続いた
ら念願の蓬峠に行こう、そう思った。
意志は固く1年間歩き通した。
6月7日、まだ薄暗い早朝の4時半に家を出て一の倉沢の駐車場を目指した。
駐車場に着いたら空はどんよりしていて、雲は南から北へ向かってかなり速く流れていた。
旧道を20分ほど歩くと、新道の標識があり、道は湯桧曽川に向かって下っていた。監視小屋の横を通り川沿い
の道を川に沿って登っていく内に、やがて沢を横切ることになった。
ところがまだ沢沿いには1〜2bの雪が残っており、アイゼンを持たないため滑らないように気を付けて雪渓を
渡った。雪渓は大小併せて4箇所あった。
シラネアオイはその最後の雪渓を渡たり終えたところに咲いていた。近くにはキバナノコマノツメもあった。
ところがあたりには霧が立ちこめてきて、折角のシラネアオイもかすんでしまった。
何はともあれ、お目当てのシラネアオイにも逢えたし、黄色いスミレの写真も撮れたし、満ち足りた気分で峠の
小屋を目指した。
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| オオバミゾホオズキ |
ムラサキツリガネツツジ |
キバナノコマノツメ |
シラネアオイ |
黄色のとんがり帽子の蓬峠ヒュッテが、濃い霧の中に現れた。ほっとした。
早速中に入り、ご主人に断って持参したおにぎりを食べることにしたが、背中の汗が冷えて身体全体を冷やし、
奥歯がガタガタと鳴り、思うようにおにぎりが食べられない。
小屋にはあと一組の客がいた。彼らは鍋に湯を沸かしインスタントラーメンを作って食べようとしていた。
「麺はいらないからお汁を少し分けてちょうだい。」と言いたかったが、言葉にならなかった。
どうにかこうにか冷えたおにぎりを胃袋に納め、冷えた身体を温めるには歩くしかないとばかりに、ヒュッテを
後にして下山した。
私はこの山行きでいろいろなことを学んだ。
第1に、下着を含めて着るものを吟味する必要があることだった。普段着ている木綿の下着は吸湿性には富んで
いても発汗性がないので、山行きのときにはそれ用の下着も含めて着るものを変更することが大切だと知った。
第2に、山では温かいものを食べられるような用意も必要だということだ。
第3に、笹藪を漕ぐようにして歩いたので、膝から下がびしょびしょになったことから、膝から下が濡れるのを
防ぐものが必要だなと思った。
第4に、もっと脚力を強くしなければだめだということだった。
初めてにしては何かと収穫の多い山行きでした。(完)
庚申山(1,892m)(1998.6.13/1999.6.6/2000.6.17)
この山は栃木県足尾町にある。足尾町は足尾銅山で栄えた当時を忍ぶ数々の史跡が残されている町である。
庚申山に登ろうとしたのは、この山にしかない「コウシンソウ」というムシトリスミレの一種があると聞いたか
らだ。
事前に足尾町の観光課に問い合わせ、開花の時期を確かめた。
蓬峠から帰ってまだ一週間しか経っていない。脚はまだ筋肉痛が治り切ってはいない。
だが、そんなことは言っていられない。私には時間が余りないのだ。
一の鳥居までは平坦な舗装道路だった。
一の鳥居からは本格的な登山道に入る。脚の筋肉がきしんだ。
宇都宮大学の合宿所からは勾配も更にきつくなった。アキレス腱は伸びっぱなしになった。
だが、途中でシロヤシオの群落を見てからは、不思議と気持ちも落ち着き、コウシンソウの自生地へと急いで
高度を上げていった。
すると、前方に大きな岩が行く手を阻むように横たわり、どうしたものかと思案していると、その岩を超えて
行くしか他に方法がないのに気がついた。さほど難しくはなかった。
崩れやすい足下の道に気を配りながら進むと、数人の人がなにやら写真を撮っている光景が目に入った。
瞬間的にコウシンソウに違いない、と思った。案の定コウシンソウだった。
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| ギンリョウソウ |
シロヤシオ |
コウシンソウ |
イワキンバイ |
だが、そこに咲いてたコウシンソウは、私のイメージしたものとは違い、どれもかなり小さかった。
おまけにその辺一体は日当たりが悪く、フラッシュを使用しないと被写体深度が浅くなり、花の一部しか撮れ
なくなる可能性があった。
出来映えは現像してみないと分からないため、条件を変えて何枚か撮った。
さて、せっかくここまで着たんだから山頂まで行ってみよう、と思ったが、脚が痛い。
コウシンソウの写真も撮れたことだし、今日のところは無理をしないでこれで帰ろう、そう言い聞かせて下山
することにした。
途中の急斜面で膝の靱帯が痛くなってきた。
この後2年続けてコウシンソウの写真に挑戦したが、満足行く写真は撮れずに今日に至っている。
また、一度も山頂には立っていないのも同様である。(完)
早池峰山(1,917m)(1998.7.19)
早池峰山に特産する「ハヤチネウスユキソウ」のことは、エーデルワイスに最も近いウスユキソウということ
で、早くから図鑑では見て知っていた。
それだけに一度は見てみたいと強く思っていた。
そんな折り、東京都の水源としては最も遠い、山梨県の笠取山に登ったときのこと、水休憩をしていたら、近
くで休憩していた女性のグループから
「ハヤチネウスユキソウがとってもきれいだったわよ。」という声がした。
思わず聞き耳を立てた。なんでも7月中旬頃が見頃だそうだ。
行きたい気分に拍車がかかった。
だが、早池峰山は岩手県の中程にある山だ。そう簡単に行ける山ではない。
そこで一計を案じた。盛岡には私の育ての親とも言うべき叔母が住んでいる。そこに泊めてもらい早朝でかけ
れば訳はない。
快く泊めてもらった上に、昼食用にとおにぎりまで持たせてもらい、快調に県道を早池峰山へと向かった。
途中の雲行きが怪しかったが、終点の河原坊の駐車場に着いたときは見事に晴れ上がっていた。
マイカー規制のため、ここから小田越の登山口まではバスによる移動が頼りだ。歩いたら40分はかかる。
少しでも時間を節約しないと、明日の焼石岳登山に響く、とばかりにバスを利用することにした。
小田越の登山口にバスが着いた。待ちかねたように早池峰山の頂上を目指す者、早池峰山と相対する薬師岳に
向かう者、皆それぞれに身支度を調えている。
私もいざ出発。
3合目から5合目までの間にも高山植物が岩の間から顔を覗かせていた。
やがて鉄の梯子が垂直に立つ8合目に到着した。
この梯子を登り切り、御田植場に着いたとき、そこで出迎えてくれたのはハクサンチドリだった。
だが、まだお目当てのハヤチネウスユキソウには出逢えていない。
そこで、近くにいた人に聞いてみた。
「ハヤチネウスユキソウはどの辺に咲いているんでしょうか。」
するとその人は登山道から少し離れた場所を指さして言った。
「あの辺に咲いているのはまだ元気なようですよ。」
指さした方には大きな岩がごろごろしていた。行ってみると確かにハヤチネウスユキソウが咲いていた。しか
も元気よく。
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| ハヤチネウスユキソウ |
ナンブトラノオ |
ミヤマアケボノソウ |
カンチコウゾリナ |
ここへ来るまでにたくさんの高山植物に出逢い、そのすべてを写真に納めたので、もうこれで早池峰山に思い
残すことはない、とばかりに河原坊へと下山することにした。
頂上から今登ってきた道や薬師岳、さらに遠くに目をやったら、雲の上に鳥海山が浮いているように見えた。
さあ、次は焼石岳だ。(完)
焼石岳(1,548m)(1998.7.20/1999.6.26)
せっかく岩手県まで来たのに、早池峰山だけで帰るのはもったいない、とばかりに焼石岳にも登ってから帰る
ことにした。
今回登ったのは秋田県東成瀬村からのコースで、翌年登った中沼コースとは大違い。
このコースの特徴は、ルートすべてが乾いていることだ。笹竹が多い事からも頷ける。
東成瀬村のスキー場が経営するホテルに泊り、翌朝は早く出発する都合上、朝食の代わりにおにぎりを作って
もらった。
3合目までは車で入れ、駐車場に置いて歩き出した。
途中で林業に従事しているという初老と小学校の先生をしているという若者の親子に出逢い、いろいろと話し
ているうちに、このコースは余り知られていないので、あなたは"通"だということになった。
別に通ではない。ただ今回は中沼コースから登るには時期が少し遅いためで、今回のメインが早池峰山だった
ためとは言えない。
でもそれが本音だったので、翌年1ヶ月早めて中沼コースから訪れた。
東成瀬村からのコースも決して悪くはないが、ここでは中沼コースでの体験から焼石岳を紹介したい。
花の最盛期はなんと言っても6月中旬から7月上旬までで、お目当てのヒオウギアヤメは7月上旬から咲き始
めるため、一度に全部を見ようとするには少々無理がある。
ヒオウギアヤメが咲いている場所は、中沼、上沼、銀名水付近といずれも中沼コースに限られている。
ところが、最初に訪れたときは時期はよかったがコースが違っていたためにヒオウギアヤメには逢えなかった。
そして、その次の年はコースはよかったが時期が少し早すぎたためにやはり逢えなかった。
結局私は焼石岳でヒオウギアヤメの写真を撮ることは出来なかった。
だが、焼石岳には多くの種類の高山植物が所狭しと咲き乱れるので、是非一度は見て欲しい。
特に、銀名水の避難小屋から先には種類と数が多い。その中でもすごいのは泉水沼の手前に広がる平地を埋め
尽くすチングルマ、ハクサンイチゲ、ハクサンフウロ、シナノキンバイそれにハンサンチドリだ。
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| ホソバイワベンケイ |
ヒナザクラ |
ミヤマシオガマ |
ヒオウギアヤメ |
「天国はこんなところなのかなあ。」と思わずにはいられない。
今まで見た数多くの山での「お花畑」の中でも群を抜いているのが、ここ焼石岳である。
是非一度行ってみてください。6月中に行く場合には雪渓を渡ることもあるでしょうが、アイゼンはなくても
大丈夫です。傾斜が緩やかなので、慎重に歩けば大したことはないと思います。
あなたの心にも私と同じ感動を伝えたい。(完)
至仏山(2,228m)(1998.7.25/1999.7.11/2000.7.1/2001.7.14)
至仏山は尾瀬ヶ原の西端に位置し、尾瀬の湿原を形成する要因として、欠かすことの出来ない山である。
尾瀬ヶ原の北端には、東北地方の最高峰として君臨する燧ヶ岳が北からの侵入を遮っているかのようにそびえ
立つ。
これに対して、至仏山はどこから見てもなだらかで、涅槃が横たわっているかのようだ。
この山には他にはない特徴がある。
それは、この山が蛇紋岩で形成されていて、超塩基性の山であることだ。日本では他には岩手県の早池峰山が
ある。この両方に共通していることは、山が形成された時期が他に比べて非常に古いことである。
それだけにこの山に特産する高山植物もあり、一人で、女房と、友人を伴ってと都合4回登った。
至仏山に登るルートはいろいろあるが、鳩待峠からのルートがポピュラーだろうと思う。
途中、笠ヶ岳への分岐を過ぎるとまもなく森林限界だ。この辺から高山植物がそこここに現れ、楽しい山歩き
ができる。
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| ホソバヒナウスユキソウ |
ジョウシュウアズマギク |
オゼソウ |
クルマユリ |
至仏山に特産する「オゼソウ」は、もう少し先の木製階段の手前付近に群生している。
他にもシラネアオイ、サンカヨウ、ハクサンイチゲ、シナノキンバイ、チングルマ、クルマユリ等々数え上げ
たらきりがないほど種類が豊富だ。
行くたびに新しい花に出会えるような気がして、何度でも行ってみたくなる山である。
尾瀬に咲く植物を一冊に集めた花図鑑が地元の愛好家によって作られているが、私が撮った花はすでにこの本
を超えてしまった。いかに植物の種類が多いかの証ではないだろうか。
尾瀬に行って花を愛でたければ、尾瀬ヶ原や尾瀬沼ではなく、至仏山に行った方がいいですよ。
最後に一言。この山の登山としての難易度は5段階の3程度ですから、誰でも山頂まで行けます。(完)
苗場山(2,145m)(1998.8.1)
苗場山は、群馬県と境をなしている新潟県中越地方の山である。
この付近にはスキー場が多く、このときも冬はスキー客で賑わう和田小屋まで車で行き、そこから歩き出した。
苗場山は巻機山とともに、高層湿原でも有名な山である。ということは雨がたくさん降るということでもある。
案の定、登山道は雨水でえぐられていて、かなり歩き難い。おまけに絶え間なく水が流れ、歩き難さに拍車を
かける。
途中少しだけ木道があるが、それは勾配がないところだけで、それ以外の箇所ではむき出しの赤土が滑って歩
き難い。
神楽ヶ峰を過ぎる頃からようやく道の状態が安定した。雷清水で喉を潤し、山頂を目指す。
山頂は生憎厚い雲に覆われて、眺望は全然きかない。山頂は広く、どこが頂上なのかわからない。大小無数の
池塘が辺り一面に広がっている。池塘の間を縫うようにして木道が設えてある。
晴れていれば佐渡島がよく見えるはずなのに残念だ。
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| ミツガシワ |
イワショウブ |
イワウチワ |
ツルアリドオシ |
今度は山頂の小屋に泊まり、金色の日本海に浮かぶ佐渡島を眺めながら焼酎を飲んでみたい。
そんな夢見た異な事を考えながら下山した。
明日は平標山と仙ノ倉山だから、今日の疲れは今日の内に取ろうと町の温泉に浸かり、紹介された民宿で夕食
を取り出したら雨が降り出した。
結局この雨が翌日もやまず、平標山と仙ノ倉山は次回ということにして、帰ろうと思ったが諦めきれず、群馬
県の武尊山に向かった。
しかし、こちらも5合目から上が雲で覆われており断念せざるを得ず、潔く諦めることにした。(完)
火打山(2,462m)(1998.8.8)
苗場山から一週間後、火打山と妙高山のどちらか一つと、戸隠山と黒姫山のどちらかの二つの山を計画にあげ、
結局火打山と戸隠山に登ることにした。
まだ暗い内に家を出て、関越自動車道から上信越自動車道と乗り換えて、妙高高原インターで降りたのが9時
頃だった。
地図を頼りに火打山の登山口へと向かう。登山口の標識を見落とさないように慎重に進むと、あった。しかも
車がすでに3台停まっていた。
そのうちの1台は横浜ナンバーだった。どこにも山好きの人はいるもんだと感心した。
黒沢池ヒュッテへの分岐点までが途中ちょっとたいへんだった。ここから先は展望もあり、また時折吹く風に
心が和んだ。
程なくとんがり屋根の高谷池ヒュッテが現れた。高谷池と天狗の庭には木道があり歩きやすい。
また上りになり、この付近からが森林限界なのだろう。高い樹がなくなった。山頂は左手によく見える。
お目当てのミョウコウトリカブトが今や盛りと咲いていた。
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| ミョウコウトリカブト |
ハクサンコザクラ |
サラシナショウマ |
タテヤマウツボグサ |
さあ、これから山頂だと少し休憩していると、若い女性のグループが登ってきたので、
「どちらの高校なの?」と聞いたところ
「私たち大学生です。」ときたもんだ。
どこの山に行ってもあまり若い人の姿を見かけることがないものだから、ついうれしくなって声をかけてみた。
汗とファンデーションの香りを残して若い一団が通り過ぎていった。
若い人の後について行こうと思い、前方を見たら、そこには山腹に張り付いた長い階段があった。
その途端、どっと疲れが出てきて、今回は山頂に立つのを諦めた。我ながら何ともだらしのない話である。
4時頃までには予約してある民宿に入りたいという気持ちも働き、何の抵抗感もなく下山した。
今年はいろいろ行けたことにより、少し貪欲さがなくなったのかなと反省した。(完)
白馬岳(2,932m)(1999.7.24)
北アルプスの数ある山の中で、私が一番行きたかった山、それが白馬岳だった。
その訳は、なんと言っても群を抜いたお花畑です。大雪渓を抜け出た付近から始まるお花畑は山頂まで続き、
さらに稜線へと伸びているという。「花の百名山」を見て心が高鳴った。
登山を始めてまだ2年目なのに大丈夫だろうか、という不安はあったが、行きたい気持ちが勝った。
車を置いておく場所がなさそうなので、このときは電車で行くことにした。
小糸線の白馬駅に着いたときがちょうど朝になるように、新宿から夜行列車で行った。
白馬駅から猿倉行きのバスに乗り込み、いざ出発。
終点の猿倉には乗用車がぎっしり留まっていた。やはり電車で来て正解だった。
白馬尻荘の先からはいよいよ大雪渓に挑戦だ。
蟻の行列のように続くツアー客の脇を抜けているのが心地よかった。
雪渓から立ち上る水蒸気が冷やされて霧となり、それが谷間を吹き抜ける風で顔に当たる。
火照った頬を気持ちよく撫でながら、やがて青空へと消えていった。
大雪渓が終わる処が葱平で、「シロウマアサツキ」に期待していたが、時期が少し早すぎたのか、残念ながら
見ることはできなかった。
しかし、雪の消えた斜面には高山植物が所狭しと咲いていた。
なかでもお目当てのひとつだった「ウルップソウ」は見事なまでに成長していた。
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| チョウノスケソウ |
ウルップソウ |
ムシトリスミレ |
コマクサ |
場所によって咲いている花は種々異なるものの、どこまで行ってもとぎれることがない。
このときは、杓子岳、鑓ヶ岳を越えて天狗山荘まで行った。猿倉でバスを降りてから10時間のことだった。
着いたときは疲労困憊のため何も食べられなかったが、翌朝は完全に回復していた。
名残惜しかったが、帰りの特急券も無駄にしたくないので、鑓温泉を経由してまた猿倉からバスに乗り、白馬
駅に戻ってきた。
町営の温泉に入りさっぱりした後、駅前のそば屋で蕎麦をすすっていたら、テレビでは高校野球長野県大会の
決勝戦の模様が放映されていた。(完)
飯豊山(2,105m)(1999.7.31)
白馬岳から一週間。またまた大雪渓に挑戦です。
前日、登山口に一番近い国民宿舎に泊まり、朝6時出発した。
やがて石転沢の大雪渓に到着。長さでは白馬よりも上を行く。延々8キロも行く。
雪渓が終わりに近づく頃、雪渓の向こうに見えた青空は生涯忘れることができない。
その色をなんと表現していいのか。青には違いないが、紺碧の海にも近いあの青を私は見たことがない。
雪渓から地面におり、うっかりすると後ろにひっくり返りそうになる急斜面を登り、梅花皮(カイラギ)小屋の
前に着く。梅花皮小屋は目下建て替え中だった。
雪渓を一緒に登ってきた新潟からきたという5人連れとはずっといっしょだ。
簡単に昼食を済ませ、また歩き出す。
今回のお目当ては「イイデリンドウ」だが、いまのところまだお目にかかっていない。
これから梅花皮岳、烏帽子岳などを通り、本日の終点である御西小屋までは明るい内に着きたい。
新潟の5人連れに引っ張られるように歩いた。
烏帽子岳を過ぎてから天狗の庭に差しかかる手前でお目当てのイイデリンドウの写真が撮れた。
白馬岳ほどではないにせよ、この山のお花畑はすごい規模だ。
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| チングルマ |
タカネマツムシソウ |
イイデリンドウ |
ウサギギク |
御手洗の池を過ぎ道が曲がったら前方に御西小屋が見えた。
どうにか日没前には着くことができた。今朝国民宿舎を出てから12時間経っていた。
小屋に荷物を置いて再び外に出たら、夕日が水平線に消えようとしていた。
佐渡島は逆光線のため真っ黒だ。日本海と阿賀野川は金色に輝いている。まるで映画を見ているようだ。
新潟の5人連れは小屋の隣でテントを張り今夜は幕営するそうだ。
翌日は、飯豊本山に登ってから帰るという2人を除き、新潟の3人と一緒に下山した。
結局、このとき私は飯豊山山頂には立たなかった。(完)
会津駒ヶ岳(2,133m)(1999.8.8)
全国の駒ヶ岳と名前の付く山の中で最初に登ったのが、ここ福島県の駒ヶ岳だった。
前日、檜枝岐村の民宿に泊まった。
新潟県出身という宿の夫婦のもてなしは温かかった。ご主人は森林組合で働いているという。
サンショウウオの天ぷらと手打ち蕎麦が美味かった。
翌日の朝食でいっしょになった登山客と、これから行く山の話をしていたら、駒ヶ岳だけじゃもったいない。
駒ヶ岳の後ろにある中門岳まで足を伸ばした方がいいという。花がきれいだからと言われたが、ちょっと時間
が気になると言ったら、大丈夫でしょう、といとも簡単に言う。
娘の誕生日なので早めに帰宅したいと考えていたが、この人について行くことにした。
民宿の奥さんに車で送ってもらったおかげで少し時間が節約できた。
余程山歩きになれているのか、ほとんど休憩を取らない。朝食の時、あまり時間がないと私が言ったのを気に
してなのか、それともいつものペースなのかはわからない。
ちょっと苦しかったが、我慢してついて行くことにした。
やがて視界が開け、駒ノ小屋が見えてきた。
小屋の周りでは大勢の登山客がくつろいでいたが、我々は休憩せずそのまま山頂へ向かった。
山頂は背の高い樹で視界が利かずおもしろくない。そのまま奥へと続く道を進んだ。
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| モウセンゴケ |
ヒメシャクナゲ |
ツルコケモモ |
タテヤマリンドウ |
会津駒ヶ岳から中門岳までの間には、木が一本も生えておらず、高層湿原の様相を呈していた。
中門岳の山頂は苗場山と同様、池塘が多く、やはりここは高層湿原だった。
ここで昼食を取り、下山することにした。
相棒は登ってきたルートとは別のルートで下山するというので、駒ノ小屋の先で謝意を表して別れた。
途中の塩原付近の温泉で汗を流して帰路についた。(完)
雲取山(2,018m)(2000.4.29/1998.10.10/2002.8.10)
東京都の最高峰、雲取山にはこのときを含めて3回登った。
このとき以外は、いずれも三条の湯から日帰りで行ったものだ。
このときだけ健脚コースといわれる東日原から稲村岩、七ツ石山を経て小雲取山を越えて行った。
朝8時から歩き出して、午後3時半に雲取山の避難小屋に着いた。一日目の全行程7時間半のうち、鷹ノ巣山まで
が3時間半だった。
途中にヤマツツジの名所で"千本つつじ"と呼ばれている場所があるが、この時期(4月29日)では早すぎる。
まだこれという花の色も見ないまま、小屋に到着した。
小屋は25人ほど収容できる広さだが、6時を過ぎる頃には満員になり、土間に寝る者まで現れた。
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| ヤマオダマキ |
シモツケソウ |
イワタバコ |
タムラソウ |
雲一つない快晴の朝を迎えた。
この時期にしては珍しく空気が澄んでいた。寒い証拠だ。富士山が何の障害物もなくきれいに見られた。
南アルプスや八ヶ岳まで見えた。
雲取山荘を経由して下山したが、林の中の登山道は全面凍り付いていた。アイゼンを持たないので凍っていない
場所を選んで降りることにした。
大ダワ林道から日原林道に出て、再び東日原に戻ってきた。
北岳(3,192m)(2000.6.24)
私が最も行きたかった山、それが北岳だった。キタダケソウが見たい、ただそれだけのために。
キタダケソウは、北海道の夕張岳に咲くキリギシソウとアポイ岳に咲くヒダカソウとともに、氷河期からの生き
残り植物として、学術的にも希少価値のある植物だからである。
二年前に焼石岳に登ったとき、途中で一緒だった人に、北岳に行ってきた話を聞いて、翌年行こうと計画を立て
たが、生憎ひどい雨降りで中止せざるを得なかった。
この梅雨の時期にしか見られない花なので、多少の雨は覚悟しなければならないと心に決めた。
広河原に着いたとき、上下の雨具を着なければならないほどのひどい雨だった。
だが、ここで引き返しては何のために来たのか分からない。ともかく予約してある北岳肩の小屋までは行くこと
にした。
白根御池小屋までも結構きつかったが、そこから先の草すべりはもっときつかった。
やっとの思いで小太郎尾根まで到着し、残り少しという頃になって気がついた。
上下の雨具を着ているにも拘わらず、靴の中はびしょびしょで、歩くたびに音がする。
どうしたものかしばし考えた。答えが分かった。靴の中が濡れたのは、全部自分の身体から出た汗なのだ。その
汗が雨具によって外に出るのを遮られて、下へ下へと伝っていって、全部靴の中に入ったのだ。
小屋では薪ストーブを焚いていた。温かかった。早速濡れた衣服類を絞ってからストーブの上に干した。
先客も私と同様に自分の汗で濡れたらしい。イカの一夜干しみたいに、ストーブの上は干し物だらけだ。
その日は一日雨だった。でも明日が雨でなければいいさ、そう念じて休むことにした。
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| クモマナズナ |
キタダケソウ |
キバナシャクナゲ |
キタダケヨモギ |
屋根をたたく雨音で目が覚めた。今日も雨か。
雨が上がることを念じながら朝食を取った。
するとどうだろう。雨が上がったではないか。
早速荷物は小屋に置いてカメラだけ持って出かけた。
キタダケソウの群生地は、肩の小屋から山頂を越えて反対側の斜面を下り、北岳小屋との分岐点からさらに下った
斜面にあった。
すでに何人かの人がカメラのシャッターを切っていた。私も仲間に加わった。
雨に濡れたキタダケソウは、またひときわ美しかった。
撮影が終わり、肩の小屋に戻って下山を始めたら、また雨が降り出した。
何ということだろう。これは神様が特別に雨を止ませてくれたものに違いない。
満ち足りた気分で帰路についた。(完)
鳥海山(2,236m)(2000.7.20)
鳥海山は秋田県と山形県の県境にあり、その登山ルートも東西南北の4方向から付いている。
このときは最短距離で行ける象潟口から登ることにした。
午前2時自宅を出て東北道、山形道を通り、山形県遊佐町吹浦から鳥海ブルーラインに入り、鉾立山荘前の駐車場
に車を置いて、まずは予約している鉾立山荘のご主人に到着の挨拶を済ませた。
緩やかな傾斜を行くと、やがて巨大な雪の壁が登山道を遮っていた。足跡を付いていくと、雪渓の上に出た。
雪が溶けた斜面はと見るとそこには一面ニッコウキスゲが咲いていた。
200bぐらいで雪渓も終わり、まもなく御浜小屋に到着。御田ヶ原から少し下り、七五三掛から一気に登って、
南回りで行者岳まで行ったところで引き返した。時間が少し足りないと思ったからだ。
鉾立山荘まで戻り主人に聞くと、象潟の道の駅に温泉があるという。早速車を飛ばして行ってみた。
4階建ての建物の最上階が温泉になっていた。日本海に沈む夕日を眺めながら温泉につかる気分は極楽そのもので
あった。
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| チョウカイフスマ |
イワベンケイ |
トウゲブキ |
シロバナクモマニガナ |
再び山荘に戻って夕食をいただき、逢えなかった「チョウカイフスマ」のことを訊ねた。
するとその場所は御田ヶ原付近で、私が見落としていたことがわかった。
明日は月山に行く予定だったが、それを中止してでもチョウカイフスマの写真は撮りたい、と言うわけで、翌日ま
た登った。
その甲斐もあって見事に咲いたチョウカイフスマの写真が撮れ、満ち足りた気分で下山した。
月山は止めたが、大朝日岳ならどうかと思ったが、5合目から上が雲の中なのを見て、今回も諦めて帰ることにし
た。(完)
武尊山(2,158m)(2000.8.5)
日本武尊が東征の折り、山頂で武運を祈ったと言われている山である。
登山ルートはいろいろあるが、武尊牧場から登るのが一番楽なルートだ。
東俣駐車場に車を置いて、歩き出した。牧場の手前で一組のご夫婦にあった。聞くと奥さんだけが武尊山に登り、
ご主人は心臓が悪いので牧場を散歩しているという。
結局、ひょんなことでよその奥さんと二人きりで初めての山に登ることとなった。
道は中ノ岳の手前の鎖場までは楽な登りで、避難小屋を過ぎた辺りからは眺望もよく、楽しい山歩きだった。
前武尊との分岐を過ぎると小さな池が三つほどあり、サンカヨウがまだ咲いていた。
ほどなく山頂が現れた。山頂はあまり広くないが、眺めはすばらしい。360度の大展望だ。
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| サンカヨウ |
チチブドウダン |
オオバタケシマラン |
キヌガサソウ |
持参したおにぎりを食べ、一息ついたところで下山することにした。
見ず知らずの男と連れだって山に登った奥さんの身を案じているご主人のためにも、早めに帰ってあげた方が
よいと考え、またまた連れだって下山した。(完)
金峰山(2,599m)(2000.8.26)
二千メートル級の山に初めて妻を連れてきた。しかも山小屋に泊まるのも妻は初めてだ。
いろいろ不安はあったが、結構物怖じしない性格だから大丈夫だろうと考え実行した。
まだ薄ぐらいうちに家を出て、中央道の勝沼インターで降り、牧丘町を通り大弛峠で車を留めた。
ここの標高がすでに2,400bぐらいあるので、実質標高差が少なくて済む分、初心者には楽だろうと考えた。
朝日岳、鉄山と二つ越えていくが、さほどの標高差がないので楽だ。
やがて金峰山が近づくにつれ、森林限界となり、ハイマツ帯に入った。
花崗岩とおぼしき巨岩がごろごろするところを渡り歩き進むうちに、ぽっかりと山頂に出た。
山頂には金峰山の特徴である五丈岩が4〜5bほどの高さで聳えていた。
生憎曇っていたので遠くの眺望はきかない。
途中のコンビニで買ったおにぎりを食べ、ちょっとほっとしたところで、今日の泊り金峰山山荘まで降りて
みることにした。
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| ハクサンシャクナゲ |
タカネママコナ |
コバノコゴメグサ |
セリバシオガマ |
金峰山山荘の主人が突然亡くなり、OLだった娘さんが後を引き継いだというのを、以前テレビで見た記憶がある。
若いのによくやるもんだと感心していたが、小屋にいたのは若い男性だった。
後で聞いたら結婚して、今は二人で小屋を切り盛りしているのだという。がんばって続けて欲しいものだ。
妻は枕が変わったのと雑魚寝で、睡眠薬を飲んでもよく眠れず、睡眠不足だと翌日ぼやかれた。(完)
那須岳(1,917m)(2001.6.17)
那須岳という名前の山はない。茶臼岳、朝日岳を併せて那須岳と呼んでいるようだ。
でも那須連山で一番高い山は、三本槍岳である。
茶臼岳は今でも噴煙を上げている活火山だ。近づくと硫黄のにおいが鼻を突く。
噴煙のせいで辺りには木も草も生えていない。箱根の大涌谷と同じだ。
私がこの山に行ったのは、箱根の神山にある「ベニヒメイワカガミ」の近似種「ヒメイワカガミ」があると図鑑に
書いてあるのを見たからである。
とにかくこの目で見ないと気が済まない性格なので、そのためだけにはるばるやってきた。
思った通りだった。それは何かと言えば、ヒメイワカガミは酸性土壌に強い性質を持っているということだ。
箱根でもそうだったように、同じことが那須岳でも実証された。
茶臼岳とその周辺でのみ見受けられ、少し離れた三本槍岳や南月山にはないのだ。
また、サラサドウダンやベニサラサドウダンも同様に酸性土壌が好きなようである。火山性の山に多く見受けられ
る点で共通しているようだ。
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| ウラジロタデ |
ヤマハタザオ |
ヒメイワカガミ |
サラサドウダン |
那須岳の周辺にはまだまだたくさんの見所がある。
特に三本槍岳から大峠にかけては春先にお花畑ができる。
東京からの日帰りには少しきついけど、麓に一泊すれば楽に廻れるコースである。
また、三本槍岳の手前には湿地帯があり、湿性植物もあり楽しめる。(完)
栗駒山(1,628m)(2001.6.30)
岩手県の一関から秋田県へと通じる国道があり、県境に須川温泉がある。この温泉はかなり酸性度の強い温泉
で、白濁している。
栗駒山への登山口は、一般的には宮城県側からだろうが、今回は敢えて須川温泉から登ることにした。
そのわけは雪解けが遅いため、高山植物が南側比べれば遅くまで見られるからである。
午前2時に家を出て、ひたすら東北道を走った。登山口の須川温泉に着いたのは6時半頃だった。
身支度をして直ぐに登った。
湿原に咲くヒメシャクナゲやコイワカガミなどを眺めながら歩くうちに、昭和湖へと出た。
水の色がかなり白っぽかったので、この湖も酸性度の強い湖なのだろうと思った。
やがて道は十字路に出た。ここから山頂へはすぐだ。
既に先客がいて、食事をしていた。昼食にはまだ早すぎる。
自然観察路をぐるり一回りしてから昼食にすることにした。
那須岳や箱根の神山と同様に、この山も酸性が強いのだろう。サラサドウダンの色が鮮やかだった。
新しい植物には逢えなかったが、日帰りのできるお手軽な山でした。(完)
大朝日岳(1,870m)(2001.7.7)
この山ほど私を焦らした山は他にない。2年前には登山口まで来たのに、山全体を覆う雲が取れないため、
登るのを断念した。
そして去年は鳥海山からの帰りだったが、やはり天気が悪く諦めた。
今年こそはと念じた甲斐があり、天気は上々。
古寺鉱泉から登ることにした。
日暮沢小屋からの登山道と合流するまでは少々きつい道だった。
今回のお目当ては「ヒメサユリ」だ。
背丈の低い灌木が生い茂る古寺山の山頂を過ぎる辺りからヒメサユリの群落が現れだした。
きれいだ、本当にきれいだ。3年目にしてようやくヒメサユリに逢えた。うれしかった。
さらに山頂を目指して歩き続けた。途中の銀名水付近にもヒメサユリの群落があった。
山頂直下に大朝日小屋があって、小屋の周りにはミヤマウスユキソウ(ヒナウスユキソウともいう)の大群落
があった。時期的にはちょっと遅いかな、という感じに見えた。
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| タカネナデシコ |
アオノツガザクラ |
ミヤマウスユキソウ |
ヒメサユリ |
小屋に荷物を置いてから、山頂に登ってみた。
ちょうどその時、辺りを雲が覆い、いわゆる「ブロッケン現象」が出現した。
この日は小屋に泊まり、翌日調子がよければ月山を目指すつもりだ。
結局、翌日は下山途中で膝の調子が悪くなり、月山を諦めた。(完)
巻機山(1,967m)(2003.7.5)
苗場山や平標山などと同じ新潟県の中越にある山なのに、なぜかこの山にはなかなか足が向かない。
そのわけは、アクセスがあまり良くないからであろう。
だが一度は登ってみたい魅力を持った山である。
義父の不幸から一年。去年は遠出が出来なかったので、今年こそ行こうと張り切り、最初の山行きである。
実はこれ以前にも計画した山はあったが、いずれも雨で中止せざるを得なかった。
利尻・礼文から帰って1ヶ月あまり。雨でどこへも行けず脚が鈍っていたのか、少しきつかった。
避難小屋に泊まる予定だったので、その分荷物が重たかったからかも知れない。
途中で休憩したときに見つけたランは、新しい蘭だった。名前をジガバチソウと言った。
前巻機山を越えて避難小屋に着き、荷物を置いて山頂を目指した。
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| コイワカガミ |
ガクウラジロヨウラク |
ショウジョウバカマ |
ジガバチソウ |
山頂付近にはほとんど花が咲いていない。避難小屋まで引き返した。
私の前を歩いていた5人連れが、休憩後下山するようだった。下山するのかと訊かれたので、一泊します、と
答えると、それじゃと言って行ってしまった。
小屋に入って寝る準備をしようとしたが、便所の異臭と蝿には参った。これじゃ飯も酒も喉を通らない。
這々の体で小屋を後にして下山した。
途中で先ほどの5人連れに追いついたので、小屋の話をしたら、あの小屋は縦走するときに利用するための
もので、清水から登った人はみんな日帰りをする、ということだった。なっとく。(完)
白山(2,702m)(2003.7.12)
大学時代の友人が大学を卒業と同時に入社した製薬会社を定年退職し、再就職した先が石川県松任市の印刷会社
だった。
卒業以来逢っていないし、ついでに白山にも行きたい。そんな気持ちから電話したら、是非いっしょに白山へ
行こう、ということになったが、お互いのスケジュールがうまく合致せず、3年が経ってしまった。
4度目の正直となるか。
前日の金曜日、関越道から北陸道を通って松任市まで車を走らせた。今夜の宿は奴の部屋だ。
日帰り入浴の温泉に入った後、彼の会社まで出かけ、アパートの鍵を借りてから、夕食の買い物をして帰った。
ちびちびやっていたがなかなか帰ってこない。ようやく9時を過ぎた頃になって帰ってきた。
なんでも従業員が印刷機械に巻き込まれ大けがをしたのだそうだ。
総務の仕事も楽じゃない。
明日は早いからもう寝よう、と言ってもそう簡単に寝られるものじゃない。外は雨の音がする。
朝4時に起きた。雨は一応止んでいた。
途中で同僚の女性を拾い、3人で出かけた。
白山にもいろんな登山道が付いているが、我々が今回登ったのは、別当出合から砂防新道、エコーラインを通る
コースだった。
市ノ瀬に車を置いて、バスに乗り換え別当出合に向かう。このやり方は尾瀬といっしょだ。
天気は回復し、青空も顔を覗かせている。このままもってくれと祈った。
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| ミヤマタネツケバナ |
ツガザクラ |
イワギキョウ |
クロユリ |
同僚の女性が遅いから先に行ってくれ、というので遠慮なく先に行かせてもらうことにした。
高校生のグループに出逢った。どでかい荷物を背負っている。何キロあるの、と訊ねると、30キロですと言う。
なんと元気なことか。私もその元気を少し分けてもらった。
室堂センターで少し待っていたがなかなか来ないので、その場に荷物を置いて山頂まで行ってくることにした。
山頂から見下ろしたお池めぐりコースの池の周辺には、まだなんの色もなく、寒々としていた。
再び室堂センターへ戻ってみると、ようやく彼らが到着した。とても山頂まで行く元気は残っていないというので、
ひとまずビールで乾杯した。
夕食後の薄暮、外でまた一杯やりながら話をした。そんな光景がそこここにあった。
翌日の下山ではしんがりを歩くことにした。同僚の女性の脚がまだ回復していない様子だったので、サポートする
ときにし易いからだ。
何度か尻餅をつきながらも、どうにか別当出合まで下ることができ、自分のことのように喜んだ。
バスが市ノ瀬に着き、車に乗り換えて走り出したら雨が降り出した。
こんなラッキーなことってあるのだろうか。私の頼みを聞いてくれた神様に感謝、感謝。(完)
谷川岳(1,977m)(2003.7.20)
いつでも行けると思うと、つい後回しになってしまう。そんな山が谷川岳だ。
今回は、高校の友人を誘っていくことにした。山行きに興味を持ち、奥さん共々装備をあれこれ揃えていたので、
さぞかし鍛えているんだろうと思い、谷川岳行きの話を持ちかけた。
歩くコースと泊まる場所を連絡したが何の反応もなかったので、反対ではないなと判断した。
谷川岳駐車場に車を入れ、ロープウェイで天神平まで登った。
ここからが大変だった。彼は少し歩いては止まり、また少し歩いては止まりを繰り返すので、なかなか予定通り
とはいかない。
ようやくのことで山頂直下の山荘、肩の小屋まで着いた。
そこで私は彼に言った。この辺が限界ではないのかと。
しかし、彼はまだ行けると言う。予定を変更してでも、彼の意思を尊重して前に進むべきか、山歩きの先輩として
強引に下山を勧めるべきか迷った。
私は前者を選択した。いざというときには私が責任を取ろうと決心したからだ。彼には山の厳しさを解らせたい。
トマの耳、オキの耳を通り、一ノ倉岳、茂倉岳まではどうにかなったものの、その後はまるで歩きになっていない。
夢遊病者のような歩き方をしている。大幅に予定変更して、蓬峠ヒュッテを今夜の宿とすることにした。
途中から雨も落ちてきたので、少しでも早く山荘に着きたいが、それよりも彼の様子が気掛かりだ。
雨が激しくなる中、彼を励ましてなんとか蓬峠ヒュッテに着いた。
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| ミヤマダイモンジソウ |
オオバキスミレ |
ミヤマウイキョウ |
ジョウシュウオニアザミ |
予約無しでの訪問に山荘の主も戸惑った様子だったが、なんとか夕食にありつけた。
彼のすごい食べっぷりを見てひと安心した。なにはともあれ翌日は天気であることを祈ってひとまず寝ることにした。
翌日は今にも降りそうな曇り空だった。空気がぱんぱんに湿気を含んでいた。
早めに下山しないとまた降られそうだったので、朝食も早々にして山小屋を後にした。
蓬峠からの下山路には4箇所の沢渡りがある。大雨にならないうちに渡らないと危険だ。
しかし、いくら私が焦っても彼の脚は思うように進まない。心配していた通り、沢渡りで転びずぶぬれになった。
やっとのことで、どうにかこうにか今回の山歩きは終了した。5年前の私を想い出した。(完)
鳳凰三山(2,841m)(2003.8.2)
夜叉神峠から広河原へ通じる南アルプス林道の2箇所で崖崩れがあり、当分の間通行止めになったので、間ノ岳と
農鳥岳に行く予定が行けなくなってしまった。
その代わりに観音岳に代表される鳳凰三山に行くことにした。
夜叉神峠から尾根道を行く方法もあるが、私は青木鉱泉から薬師岳、観音岳と廻るルートで行くことにした。
この場合、鳳凰小屋に一泊することになるので、予約をしておいた。
中央道の韮崎インターで降り、地図を見ながら青木鉱泉を目指す。
広い私有地の中に設けた駐車場は、道路の突き当たりとなっているため、登山者からの駐車代金を貰い損ねることは
なさそうである。
2日分の駐車代1400円を払い、登山道の確認をして歩き出した。
薬師岳の山頂に12時に着くように中道を登った。
ほぼ予定通りの時間で薬師岳の山頂に着いた。山頂は花崗岩の砂礫でできていた。長いこと風雨にさらされてできた
ものであろう。天気が良ければ、きらきら輝いて眩いことだろう。
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| タカネビランジ |
シナノナデシコ |
タイツリオウギ |
トウヤクリンドウ |
辺りを見てみると、タカネビランジやトウヤクリンドウなどがまばらに咲いている。
薬師岳から観音岳に移っても、状況は同じだった。
観音岳と地蔵岳の間には50bほどの深い谷間があり、また登り返すようになっている。
地蔵岳には明日行くことにして、今日の宿である鳳凰小屋に向かって降りた。
小屋は登山者で賑わっていた。その中に混じり、話を聞いていると地蔵岳でタイツリオウギが見られたという。
翌日、地蔵岳へ行こうとして歩き出したら、踵がいやに痛い。小屋まで戻り、見てみると皮がむけていた。
昨日靴に花崗岩の砂礫が入り、それで擦れたのだ。地蔵岳は諦めて下山することにした。
ところが、下山道にタイツリオウギが咲いていたのだ。ここでも神様に感謝した。ありがとう。(完)
八ヶ岳(横岳)(2,829m)(2004.6.5)
近くて遠い山、それが八ヶ岳だった。南北アルプスに比べたら、八ヶ岳のアクセスはとても手軽で便利だ。
というわけで、何時でも行ける気安さからか、つい後回しになってしまう。
こんなことではいつまで経っても八ヶ岳には行けない、と年次計画に組み入れた。
時期は5月下旬か6月早々がよい。八ヶ岳はあまり雪が降らないので雪解けの時期が他の山よりも1ヶ月ほど
早いのが特徴である。
ペンション「うぉっちんぐ」のご主人のアドバイスを取り入れ、赤岳鉱泉から行者小屋、地蔵尾根をまわり、
横岳、硫黄岳をまわって再び赤岳鉱泉に戻ってくるコースを歩くことにした。
地蔵尾根の厳しい登りには参ったが、何度も休んで後を振り返ると、北アルプスの山々がその都度ダイナミックに
拡がって見えた。
ついに稜線に出た。あとはこのまま横岳を目指して進むだけだ。
お目当てのイワウメやツクモグサはもちろん、数多くの高山植物に出逢うことができたのも、天気に恵まれた
のとコースを教えてくれたペンションのご主人のお陰と感謝した。
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| イワウメ |
ツクモグサ |
マルバナイワヒゲ |
ヤツガタケキスミレ |
車を留めた赤岳山荘の駐車場に戻ったのが、出発してから9時間後の午後3時半だった。
その脚でペンションのご主人にお礼を言おうと思い行ってみたが、留守だった。
それから1ヶ月後再び同じコースを歩き、八ヶ岳の夏を満喫した。