イイデリンドウ(1999.7.31)

イイデリンドウはその名の通り山形県の飯豊山に生息するリンドウだが、咲いてる場所へ行くまでが大変。 一番登られている最短のルートでも、登山口から雪渓の端まで2時間半、そこから雪渓を登り切るまでが 3時間半、さらに尾根歩きが3時間と合計9時間歩かないとイイデリンドウには出逢えない。
よく似たミヤマリンドウとは仲良く住み分けているようだ。一般的にリンドウはすべて天気が良くないと開 かないので、咲いているリンドウを見られるのは常にお天気次第なのである。
このときは第1日目が12時間、2日目が9時間とかなりしんどい花の旅だったが、濃い空の青さとイイ デリンドウに出逢えた歓びで疲労を感じることはなかった。







イワシャジン(2003.9.13)

イワシャジンは、ききょう科のなかでは最も大きな集団であるツリガネニンジン属に分類される。
ところが、このイワシャジンだけは変わっている。どう変わっているかと言えば、写真を見てもわかる ように、このイワシャジンだけは茎が直立しておらず、しなだれている。また葉もこれに呼応するかの ように細長い。名前をシダレギキョウとでも変更したほうがぴったりする花だ。
このイワシャジンが見られる場所は、極めて限られており、丹沢山地のごく一部にしか生息していない。
このため、一儲けしようと企む輩が盗掘するのを防ぐため、イワシャジンを見た場所を具体的に言うこと は避けるのが丹沢を愛する者の暗黙の了解となっているようだ。
なにはともあれ、私はこの稀少植物の棲息場所を知る数少ない人間の仲間入りをしたことになったわけで ある。
この写真は、登山道から大きく外れた場所で撮ったもので、たまたま偶然出逢った横浜の方に教わらなけ れば不可能であった。この機会を借りてお礼を申し述べたい。





ウルップソウ(1999.7.24)
いわゆる北方四島からロシアのカムチャツカ半島へと続く千島列島の中のウルップ島で採取されたので、 この名がある。日本では北アルプスの白馬岳と八ヶ岳に少し棲息する他は、北海道にしか見られない。
植物好きの登山家が遊び心で移植したわけではない。北海道のウルップソウと本州のウルップソウでは 異なる点が多く、同じウルップソウとは言えないからだ。
この写真は、白馬の大雪渓を登り切った付近で撮影したものだ。白馬岳から鹿島鑓ヶ岳へと続く稜線上 でも見られたが、ここでのウルップソウが最もよかった。
このときは、ウルップソウのほかにシロウマアサツキにも逢いたかったが、残念ながら今回の山歩きで は最後までその姿を見ることはできなかった。
今度は、本家筋に当たる北海道のウルップソウを見てみたい。





オオバミゾホオズキ(1998.6.7)

この写真を撮ったのは、シラネアオイとキスミレに逢いたくて、水上から土合を経て谷川連峰の蓬峠まで 行く途中の登山道だった。
最初は、これがキスミレだと勘違いして大いに喜んだが、後日写真を現像してみると、これがとんだ間違 いで、オオバミゾホオズキと判った。
このときはお目当てのシラネアオイにも逢えたし、本物のキスミレ(ナエバキスミレ)を見られたこともあっ て、オオバミゾホオズキをキスミレと間違えた悔しさは、さほどショックではなく尾も引かなかった。
しかし、今でもそのときの自分の様子が可笑しくて、つい昨日のことのように忘れられない。









オゼソウ(1999.7.11)
オゼソウは尾瀬に特産することからその名が付けられている。尾瀬の中でも至仏山にしかないのは、塩基 性の強い蛇紋岩と深い関係があるようだ。蛇紋岩で形成されている山は、他には岩手県の早池峰山がある。
この双方に共通することは、山が形成された年代が古いと言うことである。隣の燧ヶ岳と比べるとよく判 るが、至仏山や早池峰山の山容はとてもなだらかである。
話をオゼソウに戻す。尾瀬に咲く高山植物の中でもオゼソウの開花時期は早い方で、至仏山の登山解禁日 (平年は7月1日)直後に行かないと見られないことがあり、また、その花の色や形などから、うっかり見 過ごされ勝ちなので、ハクサンコザクラやシナノキンバイなどの派手な花にばかり気を取られないで、辺 りをよく見て歩くことが大切である。






オニク(1998.6.28)

オニクは御肉という漢名を和名読みにしたものだが、別名をキムラタケという。
この植物は、ミヤマハンノキの根に寄生する寄生植物だが、どこにでもあるというものでもないらしい。
この写真は、富士山五合目のお中道と呼ばれている鉢巻型参道が大沢崩れにより中断されている箇所で 撮影したものです。
三島市で文房具店を経営しているというご夫婦に教えられて、その存在を知った。
翌年同じ場所に行ってみたが、オニクは姿を消していた。恐らくはこの植物が漢方薬の原料として高値 で売買されているためなのだろう。植物を愛する者としては残念でならない。
なんでも、山梨県と静岡県に在住する人に限り採取することが許されているのだとか。ほんとかな。








カモメラン(1999.6.12)

この花に出会ったのは、全くの偶然からだった。
三ツ峠山荘の中村さんがアツモリソウを守っていることを新聞で知った私は、是非写真に取らせて欲し い、と申し込んだら、6月になってからがいいと言う。
翌年、頃合いを見計らって出かけた。アツモリソウは山荘の裏側の斜面にあった。これを500ミリの ズームレンズで撮影し、中村さんにお礼を述べた後、三ツ峠山のひとつ、開運山に登った。
ところがそのとき急にお腹の調子がおかしくなってきたので、近くの藪に入り用を足した。
このカモメランはその時しゃがんでいる私の目の前にあったのだ。ウンがいいとはこのことだ。
カモメランには申し訳ないことをしたと思ったが、雨が降れば溶けて肥料にはなるだろうから、大目に 見て欲しいものである。








キタダケソウ(2000.6.25)
この花は、北海道に咲くヒダカソウ、キリギシソウと並んで、氷河時代の生き残りと言われている希少 植物である。それだけにこの花に対する思い入れは強かった。
しかし、この花が咲いている場所は日本で2番目の高さを誇る南アルプスの北岳山頂直下、3千b付近 なのだ。そこまで行く脚力、体力、持久力を備えなくてはならず、まずその準備に日々時間を費やした。
岩手県の焼石岳に登ったときに出会った人に聞いた話では、6月中旬から下旬がいい頃だという。その 時期は梅雨の真っ最中でもある。雨に濡れる覚悟をしなくてはならないと心に決めた。
このときも雨は降り止まず、登山口から肩の小屋まで降り通しだった。翌朝も雨っぽい様子だったが、 朝食後わずかに晴れ間が出たので、カメラだけ持ってキタダケソウの生息地へと急いだ。この写真でも 雨に濡れた跡がよくわかる。






キバナノコマノツメ(1998.6.27)
このときは、長野県の本沢温泉、夏沢峠を経て硫黄岳まで行って、コマクサの写真を撮るつもりで出か けだが、生憎の天候のため本沢温泉から先へは行けず引き返すことにした。
この写真は、登山口から本沢温泉までの登山道で出会った花々のひとつである。
名前に現れる"コマ"とは馬のことで、馬の蹄の意である。
キスミレのなかで最初に覚えたスミレなので特に印象深いものがある。
キスミレを見たのは、これよりも3週間ほど前、谷川連峰の蓬峠へ行く途中で見たナエバキスミレが最 初だったが、なぜかこのキバナノコマノツメの方が印象深い。
キバナノコマノツメは他のキスミレに比べると、かなり広範囲に分布しているようで、行く先々で見か ける。





ギンリョウソウ(1998.6.7)
ご覧通り、この花には葉緑体がない。つまりこの植物は光合成をしないのだ。その代わりに落ち葉が厚 く積もってできた腐葉土に根を下ろし、ここから必要な栄養素を吸収している。このような植物のこと を腐生植物という。
ギンリョウソウを初めて見た人なら誰もが思うであろうことは、もう少し日当たりのいいところに移し てあげたら健康的な色になるんじゃないだろうか、ということではないかと想像する。
でもこの植物は明るいところを好まないし、また葉緑体を持たない身体なのでもともと色素がないので ある。陽に当たらないから色が付かないのではない。
近づいて横からよく見ると、ギンリョウソウは馬に似ているように思う。でもすでにコマクサという名 前の植物があるので、コマを入れ込んだ名前はつけにくかったのだろう。





コウシンソウ(2000.6.17)
コウシンソウの名前は、栃木県の庚申山に特産することに由来している。
コウシンソウはたぬきも科のムシトリスミレの仲間なのだが、その生育している場所が変わっている。
庚申山の山頂付近に巨大な岩がごろごろしている場所があり、コウシンソウはユキワリソウといっしょ に、その岩にへばりつくようにして咲いている。
雪が多く降った年は、雪解け水がたっぷり岩にしみ込んでいるので、いい花が咲くのだという。
私は3年間この場所に通ったが、この写真のコウシンソウはいい方である。
撮影する環境としても余りよい環境とは言えない。対象物が小さいためにどうしても接近してアップで 撮ろうとするが、薄暗いためフラッシュを使わざるを得ない。するとこんな写真になってしまうのだ。 助けてちょうだい。






コマクサ(1999.7.24)
この写真のコマクサは、白馬岳から鹿島鑓ヶ岳へと続く稜線上で撮ったものだが、コマクサとの出逢い はこれより3年ほど前のことである。
浅間山が噴火してできたという鬼押出しへ行ったときに、そこで見たコマクサが最初であった。
だが、後で地元の人の話で、絶滅しそうなコマクサを回復させようと、コマクサの人工栽培及び移植の 話を聞き、鬼押出し園で私が見たのは、人工的に栽培され移植されたコマクサであったことを知った。 その時以来、天然のコマクサを見たい気持ちに駆られた。ここ白馬岳でコマクサに逢えるとは予想だに していなかったから、余計にうれしかった。これぞ本物に相違ない。
何はさておき、コマクサは劣悪な環境には強いが、他の植物との生存競争にはめっきり弱い植物なので 生活環境が次第に狭まって行きはしないかと心配である。





サガミジョウロウホトトギス(2003.9.13)

ホトトギスにもいろいろあるが、赤城山でキバナノツキヌキホトトギスを見てからというもの、黄色の ホトトギスに魅せられてしまった。
とりわけ中でも、垂れ下がって咲くサガミやスルガジョウロウホトトギスはどうしても一度見たかった。
だが、この花もイワシャジンと同様、盗掘により稀少植物となり、その棲息場所を知ることは困難を極めた。
そんな中、根気強くインターネットで調べる内に微かな手がかりが得られた。後は実行あるのみ。
妻を誘い出かけた先は丹沢である。途中、中年の女性二人連れに出逢った。話を聞いてみると、なんと私 たちと同様、サガミジョウロウホトトギスを見に行くという。先週も同じ場所に来たという。
なんと運のいいことだろう。
後をついて行くとほどなく、垂直に切り立った岩場から垂れ下がったサガミジョウロウホトトギスの黄色が 色鮮やかに目に飛び込んできた。その時だけ雲の切れ間から日差しが大量にやってきた。
夢中でシャッターを切った。うれしかった。子供のようにはしゃぎたかった。心は既に子供だった。


シラネアオイ(2001.7.7)

そもそも私が山に登る気になったのは、このシラネアオイをこの目で見てみたかったからである。
谷川連峰の蓬峠に行く途中の沢越えの雪渓で見たのが最初だった。
その後、あちこちの山で見るようになり、最初の新鮮さがやや薄れた感があるけれど、山でこの花を見 たときは、やはり独特の感動を覚える。
シラネアオイの花弁のように見えるのは、花弁ではなく実は萼片なのだ。この花に花弁はない。
今はきんぽうげ科に分類されているが、しらねあおい科として独立する日も遠くないのではないか。
ヒマラヤの高地に近似種があるとのこと、チャンスがあれば是非見てみたいものだ。
この写真は、山形県の朝日連峰の主峰、大朝日岳に登ったときに撮ったものである。






セツブンソウ(1999.3.6)
セツブンソウは節分の頃に咲くことから名前がつけられたようだが、自然の状態では節分の頃には咲か ない。では、いつ頃咲くのかと言えば、それより一ヶ月後である。都会の平地なら節分の頃に咲いても 可笑しくはないが、そういう場所にこの花があること自体不自然なことだ。
この写真は、埼玉県両神村のセツブンソウ群生地で撮ったもの。開花期はわずか一週間から十日程度だ が、車で訪れる人のために地元では無料駐車場を用意したり、警察官を交通整理に当たらせたりと大変 なものである。
実は、このセツブンソウ群生地は、セツブンソウが咲き終わった後、すぐにアズマイチゲが一面に咲く のでも知られている。だから、セツブンソウがお目当てで来た人は、どちらかを見ることが出来るとい うわけである。また、同じ場所にはマンサクも咲いていて、訪れた人々を楽しい一日にしてくれること 請けあいです。




タカネママコナ(2000.8.26)

妻を伴って山梨県と長野県の県境にある金峰山へ登った折り、予定よりも早めに着いたので、もう少し 付近を歩いてみようと、山荘の人に聞いた道を歩いたつもりが、違う道だったことに気がついた。
急いできた道を引き返した。その途中で見つけたのがこの写真のタカネママコナだった。
普通ママコナは赤紫色をしているので、同じ仲間とは思わなかったが、カメラのファインダーを覗いて その形がママコナに似ていることに気がついた。
他の場所にはなかったので、道を間違えた"怪我の功名"といえるかも。
何はともあれ、妻にとっては初めての山小屋泊でもあり、気疲れの上に余計な筋肉痛までさせてしまい、 申し訳なく思っている。







チョウカイフスマ(2000.7.21)
この花は鳥海山と月山にしかない。鳥海山は日本海に近く二千bを超えるため高山植物の宝庫でもある。
これと近い仲間は北海道にあるメアカンフスマである。
このときの鳥海山は残雪が深く、途中積雪が4〜5bもある箇所があり、かんじきを着けなくても普通 に歩くことができた。雪が溶けた斜面はニッコウキスゲで埋め尽くされていた。
チョウカイフスマは、御浜小屋から御田が原分岐まで行く間に見られる。もう少し経てば山頂近くでも 見られるが、この時期ではここだけである。
最初うっかり見過ごしてしまい、小屋に帰ってから聞いてもう一度登り場所を探し当てることが出来た。 一般的にこの仲間は、水はけの良い場所を好むようだ。
今度は北海道にいる仲間にも逢ってみたい。





チョウノスケソウ(1999.7.24)
チョウノスケソウとは面白い名前だ。須川長之助さんが発見したのでその名前を拝借して命名された。
この植物は、花はチングルマのようで、葉はオサバグサに似ている。
最初なんだろうとしゃがんで観察していたら、別のグルーブが傍を通りかかり、あっ、チョウノスケソ ウだ、と言ったのでそれと判った。名前だけは知っていたが現物にお目にかかるのはこれが始めてで、 始めまして、と挨拶してからシャッターを切った。
この花も白馬岳から鹿島槍ヶ岳への稜線上で見たもので、この稜線はまことに高山植物の宝庫である。
付近を見てもほかにチョウノスケソウは咲いておらず、みな咲き終わっていた。いわゆる残り物であ ったが私にはまさに福だった。






トウヤクリンドウ(2000.8.26)
トウヤクリンドウとは投薬の意で、葉が胃腸に効くからだといわれている。リンドウと同じ仲間のセ ンブリを陰干しにした後、土瓶で煎じ胃薬として服用する民間療法は昔から汎く行われた。
この花は、金峰山の山頂から山荘へと下る北斜面の岩場で撮影したものだ。大弛峠から金峰山に至る 道中には全くなかった。また山頂にも、タカネママコナを撮った南斜面にもなかった。
リンドウは撮影者泣かせである。容易に開いてくれないからだ。このときもこれが限界であった。
二千bを超す中部地方の山では珍しくないとのことだが、青紫のリンドウしか知らない私にとっては こんな黄色のリンドウを間近で見られただけで幸せいっぱいである。
北海道にはもう一種類の黄色のリンドウがあるようだ。
チャンスがあれば見てみたいものである。





トガクシソウ(1999.6.5)
田中澄江さんの「花の百名山」を見たら、トガクシソウ(トガクシショウマ)は長野県の戸隠山で見ら れるということだったので、戸隠山へ行ったが、怖くて途中から引き返した。
以来、この花が頭から離れず、戸隠山を歩き切ることだけを考えた。
あるとき尾瀬ヶ原を歩いていて、みんなが歩かないところを歩いてみようと思い、段吉新道を歩いた とき、この花にばったり出会った。穴があくほど図鑑を見ていたのですぐに判った。
あたりに誰もいないのを確かめて一人歓びに浸った。これであの怖い戸隠山に行かなくて済んだ、そ う思っただけでひとつ肩の荷が下りた気がした。
ここでは他にもミヤマカタバミやツバメオモトの写真を撮ることができ、大収穫だった。
それにしても、なんとしなやかで繊細な花なんだろう。





ハヤチネウスユキソウ(1998.7.19)
アルプスに咲くエーデルワイスに最も近い種類のウスユキソウ、それが岩手県の早池峰山に咲く ハヤチネウスユキソウである。
盛岡の叔母の家に前日泊めてもらい、朝5時に出発した。朝靄が深く立ちこめていたが、やがて それも晴れて、早池峰山の全容が現れると全身に緊張感がみなぎった。河原坊の駐車場に車を止 め、バスで小田越まで行く。
目指すハヤチネウスユキソウは、梯子場を登った先にひっそりと咲いていた。いくつかの株を見 て廻り、最も逞しいものを選んで写真を撮った。
他にも数多くの高山植物を撮ったが、惜しむらくは時間の都合で向かい側の薬師岳に行けなかっ たことがちょっぴり悔やまれる。というのは、早池峰山が蛇紋岩で出来た塩基性の強い山である のに対し、向の薬師岳は酸性の強い土壌からなる山だからである。その対比を見てみたい。





ヒメサユリ(2001.7.7)
"五月雨を集めて速し最上川"、朝日連峰の広大な峰々から集められた水は、やがて最上川に合流 する。懐の深い山々である。
ヒメサユリに片思いしてからその思いを遂げるまでに3年かかった。1年目は登山口の一つであ る日暮沢小屋まで行ったが雨が止まないので泣く泣く引き返した。2年目は鳥海山の帰りに寄ろ うとしたが、このときも雨で中止した。
そして3年目。やっと天候にも恵まれてこの写真を撮ることができた。シラネアオイもこのとき に撮ったものである。
私は"サユリスト"ではないが、このピンク色の百合には何か独特の雰囲気みたいなものを感じる。
このときは古寺鉱泉から登り、小朝日岳の脇道を行った。ここを過ぎて道が平坦になるあたりか らヒメサユリの群生が始まった。道はこの先、銀名水に至るが、そこから先にはもう咲いていない。





フジハタザオ(1998.6.28)

ハタザオの仲間で富士山の五合目付近に特産するハタザオ、それがフジハタザオである。
富士山が活火山であることは、軽石だらけの登山道を歩いても分かる。
このように水を溜めておく土壌がない環境に生育する植物にとって、生きていく上で不可欠な水 分を確保することはとても難しいに違いない。
この写真は富士山の大沢崩れの近くで撮ったものだが、ご覧のように土は全くなく、富士山の噴 火でできた軽石の隙間から顔を出している。
こんな様子を見ると、植物の逞しさと同時にけなげなさが感じられ、思わず"がんばってね"と声 をかけずにはいられない。
ほんの少しの風がよぎっても動いてピントが合わせにくい。そんなしとやかさがたまらない。






マツムシソウ(1997.9.7)
NHKの朝ドラで、信州を背景にして若者たちがそれぞれの道を歩んで大人になっていく様を描 いたのがあったが、そのときにでてきたのがマツムシソウだった。
美ヶ原のようなところに集まって、友情を確かめ合う場面だった。
その時以来、マツムシソウを見てみたいと思い、その生育地を探したがよくわからない。
山梨県牧丘町の乙女峠に行ったときのこと、マツムシソウの大群落に出会った。
その後あちこちでみかけたが、長野県の根子岳で見たマツムシソウはちょっと変わっていた。
この写真のマツムシソウが二ッ背中合わせでくっついているのだ。つまり横向きにふたつのマツ ムシソウがくっついて咲いていたのである。でも、このような変種は珍しくもないのかと思い山 を下りた。






ムシトリスミレ(1999.7.24)
ご覧のように、一見スミレのように見える。でもスミレではない。先にコウシンソウのところで も述べたようにムシトリスミレも同じ仲間である。
この写真は白馬岳から鹿島鑓ヶ岳へと続く稜線上で撮ったもので、このような環境にあることを 事前に知らされていなかったから、すごく得した気分になった。
一緒に歩いていた他のグループは、このムシトリスミレの存在に気がつかず、通り過ぎたようだ。
山小屋で偶然一緒だったので聞いてみたら、見かけなかったという。
ムシトリスミレのようなたぬきも科の仲間は、微細な昆虫にしか分からない独特の臭いを出して いて、その臭いに誘われてやってきた昆虫をねばねばの葉液で取り込み、体液を吸収して栄養源 としている。
花の本質は外見だけでは分からない。





リンネソウ(2001.8.13)
リンネソウの名前はスウェーデンの植物学者、カルル・リンネウスに由来している。リンネは、 植物の名前の表記方法を確立したことで知られる。すなわち、分類学上の属名と種を表す種小名 の二つの名前をラテン語で表すという方法で、世界中の共通方式として定着している。
そういうわけで、リンネソウは是非一度見ておく必要があると思っていた。
どの図鑑を見てもリンネソウの撮影場所は北アルプスとなっていたが、あるとき何気なく志賀高 原の地図を見ていたら、岩菅山への登山道にリンネソウの文字を発見。早速行ってみることにし た。なかった。大事な眼鏡も壊れ、意気消沈して下山していたとき、リンネソウを発見した。
登ったときにも通っているのに見過ごしていたんだろう。夢中でシャッターを切った。
こんなに小さくても木本である。





レブンアツモリソウ(2003.5.31)
山梨県の三ツ峠山の山頂付近に三ツ峠山荘という山小屋があり、ここのご主人の中村さんがアツ モリソウを保護していることを知り、開花時期に合わせて写真を撮らせてもらったことがあった。
ここにはアツモリソウの他にホテイアツモリソウとキバナアツモリソウがあった。
図鑑を見ているうちに清楚な感じのするレブンアツモリソウの写真を付け加えたくなった。
だが、問題は礼文島に行かなければレブンアツモリソウの写真は撮れないということだ。
日本列島の最北の地、稚内からさらに船に乗って2時間半、そう簡単には行けない。慎重に 時期を検討したが、身内に要介護老人を抱えては思うように計画を進めるわけにはいかなかった。
ようやく計画を実現出来るときが来たと思ったら、今度は航空会社の大チョンボで予定した 飛行機に乗れず、どうなることかと気をもんだが、どうにか可愛らしいレブンアツモリソウ に出逢うことができてほっと胸をなで下ろした次第である。